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イブの夜、赤いアレとの邂逅。 「――そう言えば、そろそろ奴がやってくる季節じゃない?」 友人であるヒスイが何の前置きもなくそんな事を言い出したのは、夜闇に煌めく雪が止み始めた頃だった。 ふと目に入った壁掛け時計によれば、時刻はそろそろ九時と言ったところだ。炬燵に入って仰向けに寝転がっていた蓬は、少し上体を起こして、向かい側に座るヒスイを見た。 ショートカットにした蒼髪に真っ赤なヘアバンドがよく映える、蓬よりも少し年上の女性だ。いつも明るく頭も良い、そして何より、行く宛の無かった蓬を拾ってくれた恩人でもある。妹のことになると暴走するのが玉に瑕だが、皆から好かれる立派なお姉さんだ。 「えっと……奴って?」 至極当然と思われる質問を、少し猫背気味に蜜柑を剥いているヒスイに投げかける。彼女は少し首を傾げたが、すぐに納得した風な表情を見せ、蜜柑にかけた手を休めて口を開いた。 「あ、蓬ちゃんはこっちに来てから一年経ってないんだっけ?」 台詞から推察するに、どうやらこの地方特有の季節イベントがあるらしい。いや、蓬が昔住んでいた所が山奥の田舎村だったので、蓬が知らないだけで実はポピュラーなものかもしれない。 首をちょっと傾げて詳細説明を促すと、ヒスイは人差し指をぴんと立てて怪しげな笑顔を作り、勿体つけた態度でその者の名を口にした。 「奴の名は……セント・ニコラス」 その言葉を聞いて、ようやく赤い服の老人に思い当たった。 サンタの話は聞いたことがある。と言うか、蓬の村にもそんな風習はあった。直接聞くまで気付かなかったのは、蓬の実家が極端に貧乏なせいでプレゼントなど貰った覚えが無かったからだろうか。 「あぁ、サンタさんの事ですか。そういえば今日はクリスマスイブですねぇ……」 そう言って、窓の向こうに視線を移す。雪が降っているがその量は少なく、ちらちらと光るそれはすぐに風に飛ばされ、一つ所に留まらない。これでは積もることはないだろう。それどころか、泥と混ざって地面がぐしゃぐしゃになる事必至。 ただ空を見る分には綺麗だが、これでは雨天と大差ない。ホワイト・クリスマスと言うには降雪量が少しばかり足りないようだ。どうやら今年は作り物のツリーに掛けられた綿雲で我慢するしかないらしい。 「雪、か……赤か白、今年のクリスマスカラーはどうなるのかしらね」 そう言って、ヒスイは神妙な顔つきで闇色の窓を見上げる。その挙動は決して雪への感嘆を述べるものではなく、何か別の表現を含んでいた。 少なくとも、蓬には言葉の真意が掴めなかった。 暫しの間、ヒスイは黙って左手の蜜柑を一房ずつ口に運んでいたが、唐突に蓬の方へと向き直り、 「蓬ちゃん、今日の夜から朝は何があっても外出しちゃダメだからね?」 と、重要な忠告をするような口調で言いつけた。 元より深夜に外出する気などなかったが、彼女の態度に奇妙なものを感じ、視線にて再び解説を促す。 ヒスイは少し逡巡するような素振りを見せ、ややあって、先刻のような怪しい笑顔で小さく口を開いた。 「ころされるから」 緩慢で微量の重みを持ったその台詞に、蓬は言葉に詰まってそのまま硬直した。その様子を見て、ヒスイは追い討ちを掛けるように身を乗り出し、言葉を繋ぐ。 「奴らサンタの服が何故あんなにも赤く染まっているのか、考えたことあるのかな……?」 「いやいやいやいや、どう考えてもそれはただの染料ですよ!」 すごい勢いで首を横に振る蓬を見て、ヒスイはくすくすと笑みを漏らす。蓬は少しむっとした顔をして、ヒスイを見返した。 「もう、私がどんな怖い話でも怖がる事知っててやってるでしょう……?」 そうぼやいて、蓬はごろんとカーペットの上に俯せになって転がった。自分の体温で暖められた床に、冷えた頬を押しつけ、その心地よさに目を閉じる。 暖房器具が炬燵しかないこの部屋では、その内部と外気との温度差が大きいため、炬燵の外に出ている部分は冷えやすいのである。 だが、暖まりすぎて体がだるくなるようなことはないので、これはこれでいい気もする。 「あはは、ごめんねー蓬ちゃーん」 頭の後ろから、謝る気のないヒスイの弾んだ声が聞こえてきた。まぁ、これくらいなら謝られるほどでもない事だ。 「……んむぅ」 ちゃんと返事をしようと思ったのだが、随分と眠たげな声が出てしまった。思ってみれば、昨日の就寝時間はだいぶ遅かったような気がする。 「あれ、蓬ちゃん眠いの?」 「ぅんー……」 もはやロクな返事ができそうにない。知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたのだろうか。頭を振って眠気を飛ばし、緩慢な動作で体を起こす。 「……だいぶ眠いです」 「そう、じゃあもう歯磨きして寝ちゃうといいよ」 言って、ヒスイは蓬に微笑を向ける。蓬は黙ってこくりと頷き、くしゃくしゃの髪を指で梳きながら、寒い洗面所へと足を進めた。 ―――― 「さて、と……」 眠たげな蓬が寝室に向かったのを確認して、ヒスイは軽く手をはたいてから立ち上がった。 窓の外に煌めく白色は、急激に密度を増している。 どうやら、奴はもう近いようだ。 ヒスイは胸元の黒いペンダントを握りしめ、暗い玄関に急いだ。 ―――― 心地よい微睡みの時から蓬を解放したのは、雪の匂いが混じった冷たい隙間風だった。 暖まった毛布の中でくるまっているにも関わらず、その冷気は頬を突き刺すように冷たい。どこか窓でも開いているのかと部屋を見渡すが、そんな気配はないようだ。 と、また冷たい風が頬を打ち、蓬は毛布の中で強く肩を抱いた。 「うぅ……」 自分の呻き声が、暗い部屋の中で妙に響いた。 蓬はどうにもこのような雰囲気は苦手だ。一度布団に潜ってしまうと、なかなか外に目を向けられなくなる。 視線を上げた先、青白い子供の顔が覗いていたら。 物置の僅かな隙間、痩せた女の眼光を見つけてしまったら。 ふと見上げた天井、黒い影が蠢いていたら。 そんな有り得ない現象を連鎖的に想像してしまい、見ることが怖くなる。 我ながら、度の過ぎた怖がりだと思う。 でも仕方ないじゃない、怖いものは怖いんだもの。 暫し、無言。 縮こまったまま、蓬は再度小さく震えた。 ああ、何でこう言う時に限ってトイレに行きたくなるのだろう。これは悪魔の罠か、それとも神の試練か。いや、ただの生理現象なんですがね。 こればっかりは何を恨んでもしょうがないし、どうにもならない。殺していた息を吸い込み、布団をはねのけながら勢いよく起きあがる。薄いパジャマ越しに周囲の冷たさが伝わってくるが、そんな事を気にしているようでは南極に住めないぞー。 「いや、住まなくていいよ別に……」 自分の思考にそうツッコミを入れ、変なテンションを引き戻す。 蓬は気を取り直して眼前に垂れ下がった紐を引き、真っ暗な室内を蛍光灯で染め上げた。暗闇に慣れていた瞳が、吃驚して縮み上がる。 ベッドから降りて、静寂に包まれた散らかり気味の部屋をのたのたと歩き、そして小さな茶色い扉の前に立つ。 「よーし!」 意気込んで扉を開け放つと、その向こうに一本道の廊下が薄暗く浮かび上がった。皓い人工の光はその最奥まで届かず、完全に闇の静寂に押し負けている。 暗闇の恐怖にすっかり勢いを殺された蓬は、ドアノブに手を掛けた体勢のまま硬直していた。 どうしよう。 超こわい。 これに夏の夜の生暖かい空気が加われば、蓬はもう諦めてそこで試合終了していたかもしれない。どうしてこんなにも怖がりに育ってしまったのだろうか。 何か別のことを考えて乗り切ろうとするが、それも能わず。 この世の始まりでは、神が「光あれ」と言うと光が生まれたと言うのが最初の記述だが、確かに、こんな光のない闇の中では、生物はそれまで存在していられないだろう。蓬のような怖がりは、特に。 だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。蓬は暗闇の奥にある扉を見据え、足を肩幅に開いて、人差し指を遥か前方に突き付ける。 「さぁ、行きますよ! 待ってなさいこのやろー!」 誰に向けたわけでもない、勢いだけの台詞が暗闇に響いた。少し涙目になっているが、そこは気にしない。 ばたばたと五月蠅い音を立てながら、薄暗い廊下を疾走する蓬。ホラー物では、大概びくびくしている時ばかり怪異に遭遇するという常識があるので、それを意識しての行動だ。ハイテンションで突っ走る人間に化生が襲いかかる場面など、少なくとも蓬は見たことがない。 裸足の足裏を通して、冷たいフローリングの床に体温が吸収されていく。廊下は大凡6、7メートルの長さだが、その僅かな距離が蓬にとってどれだけ長く感じられた事だろうか。 だが、目的のドアの前に着いてしまえば、そんな時間への意識などすぐに掻き消える。近くに電気さえ点いていればこっちのもので、トイレの電球のような弱々しい光でも心の支えになるものだ。 この上なく安っぽい心の支えだが、蓬にとってはとても有り難いものだった。 だが、どうも様子がおかしいような気がする。 あんなに騒いでいては、ヒスイは何かあったのかと様子を見に来ると思うのだが。 先刻、寝室で視界の端を掠めた時計の文字盤は、未だ一時を回っていなかったように思える。ちゃんと見たわけではないので確証はないが、その記憶が正しいならば、ヒスイはまだ起きているはずである。それとも、彼女もやはり眠かったのだろうか? 蓬は少し考え込んでいたが、すぐに本来の目的を思い出し、既に手を掛けていたドアを引き開けた。 ―――― ……蓬は、その場から動けないでいた。 それは決して、先刻と同じ道を通るのが怖いとか言う理由ではない。 その理由はもっと近く、この小さなトイレに座ったまま見渡せる視界の中にある。 なんかいる。 窓の外に、めっちゃなんかいる。 なんかって言うか、赤い服に白髭を蓄えた老人がいる。 どうやら事前に考えが及ばなかったようで、磨りガラスの窓を開けっ放しにしたままだったようだ。 そこから、どうみても例のアレな老人がこちらを見ている。 こっちみんなwwwwwwwwwwwwwとでも言ってやりたい気もするが、そのあまりにシュールな絵に、蓬は絶句するばかりだった。 「グッモーニンヌ」 うわー、話しかけられちゃったよ。そしてその挨拶が通用するまであと5時間はあるよ。 て言うかコレどう考えても覗きなんだけど、キャーとか言った方がいいんでしょうか。 せめて下着を履くくらいはした方がいい気もするけど、なんかコレ相手じゃ隠す気も起こりません。 「ニンジャノ オウチ バショワカル?」 会うなり現代日本に何を求めてるんですかこのご老体は。 ああ、忍者はもう絶滅したって教えてあげたい。出来うる限り丁寧に教えてあげたい。 でも声が出ない。怖いとか呆れとかそう言うものじゃないけれど、何でしょうこの感情。これが“思考が状況に追いつかない”ってことなんでしょうか。 「キーヨーシー コーノヨールー?」 今度はいきなり歌い始めましたよ。何で最後疑問系なんですか。誰かこいつの目的を教えて下さい。 確かに今まで生きてきた中で一番クリスマスっぽい夜だけど、聖夜と言うには程遠いよこのシチュエーション。 なんでトイレの中でサンタクロースを迎えなきゃならないのでしょう。来るならちゃんと気付かれないように来てプレゼント置いてきなさいって話ですよ。 一応ほっぺたを引っ張ってみるけれど、やはり痛い。抑も、夢は夢だと自覚したら覚めてしまうものである。夢ではないらしい。 「オーゥ、ニラメッコデスカー?」 ああもう、動作に食いついちゃったよ。 うわぁなんかすごい顔してる。おおよそ人間の作り得る範囲を軽く超越した顔してる。友達とにらめっこしてたんなら笑ってたんでしょうが、この状況じゃ笑うことすらままなりませんよ。 「ムゥ、馬鹿な。 いや流暢に日本語話せるんなら最初から話してくださいよ! て言うか何ですかその一人称は! サンタが絶対使わない一人称ランキング第二位に入りますよ! ちなみに第一位は 「ソーレーハー愛、コレモ愛、スベテ愛ー」 ザビーかよ!! 思わず三村みたいなツッコミしちゃったよ! ほんと何しに来たんですかこの人ッ! 「……あ、あの」 「ドーウカー シマーシタカー?」 「何かご用ですか?」 「ヨウジハー トクニ アリマセーン! サヨナラー!」 無いのかよ! しかも爽やかに帰っちゃったよ! 結局何だったんでしょうか、あの人……サンタクロース? 確かに思いっきり本物の外人の顔でしたけど。 ふと、ヒスイの言っていた台詞が思い浮かぶ。 ――奴らサンタの服が何故あんなにも赤く染まっているのか、考えたことあるのかな?―― まさか、人の少ない深夜に街を徘徊して人を襲っ……いやいやいや、そんな馬鹿な事があるはずがない。もう寝よう、うん。寝て全てを忘れよう。そして明るくなってからヒスイに爽やかな笑顔で挨拶をするんだ。 そう思い、蓬は速やかに立ち上がり、ドアノブに手を掛ける。 「オコーンバーンワー」 その先には、血のように赤い服を着た白髭の老人が立っていた。 「きゃああああああああああああ!?」 あまりの驚きに悲鳴を上げると、老人は突然殴られたかのように真横へと吹き飛ばされた。蓬は思わず吹き飛ばされた老人を見、そしてその逆側へと目を向ける。 そこには、まっすぐに銃を構えたヒスイの影が暗闇に浮かび上がっていた。 「ここにいたのね、惨多苦労's」 はっきりとよく通る声でそう言うと、ヒスイは廊下を疾走しつつ銃を連射し、床に転がったサンタに追撃を加える。 暗闇を走り抜けるその影は、立ち竦んでいた蓬の前まで来るとフローリングを擦って静止し、倒れて動かなくなったサンタに向かって照準を合わせる。 「蓬ちゃんの声で居場所がわかったよ、ありがとねっ」 ヒスイは小声でそう言うと、蓬の方に振り向いてウィンクを送った。よく見れば、ヒスイの服の裾には少量の雪が付着している。今まで外にいたと言う事だろうか。 「ってちょっと待って下さい、なんなんですかこの状況はー!?」 蓬はヒスイとサンタ(故)を交互に見比べ、半ば責めるようにして叫んだ。そして、すぐに自分が取り乱していたことに気付き、少し俯きがちに視線を逸らす。 ヒスイはそれを見て若干苦笑気味に微笑み、銃を持っていない方の手で、蓬の頭を優しく撫でた。 「詳細は後で説明するわ、とにかく今はサンタを倒す。OK?」 全然OKじゃないけど、何やら時間が無さそうなのでとりあえず頷いておく。 ヒスイは笑顔で返し、再び床に這い蹲っているサンタに銃口を向けた。その動作を見る限り、どうやらサンタは死んだわけではないらしい。 「溜めに入ったようね……気をつけて、サンタビームが来る」 ヒスイの呟き声が聞こえた瞬間、サンタの目からキュピーンと言う擬音と共に一条の煌めきが発たれた。その刹那、ヒスイの持っていた銃が姿を変え、真っ黒な大鎌に変わる。 蓬は思わず目を瞑り――次に目を開けたときには、銃に撃たれて倒れていたはずのサンタが血筋一つ流すことなく平然と廊下に立っていた。 「オーゥ オジョウサン ツーヨイネー」 サンタは片言の日本語でそう言うと、手にした袋から、綺麗に包装された小箱を取り出した。そして、サンタが投擲の構えに入る直前、ヒスイは手にした鎌で空中を切り裂く。すると、今まさに投げられようとしていた小箱は、小さな破裂音と共に弾き飛ばされ、床に落ちて消滅した。 「幻術の類は効かないわ、発動前の時点でね」 ヒスイは柔らかな微笑を作り、ゆっくりと鎌を水平に構えた。漆黒と言う色のみで構成された鎌は静かに波打ち、物質以外の奇妙な質感を周囲の空気に伝えている。 暗い廊下に冷たい風が吹き抜け、その怖気に、蓬は背筋を震わせた。 留まりつつも流れてゆく張りつめた空気は、どこか墓場のそれにも似た静謐さを湛えていた。まるでそこにある全てのものがパズルのピースであるかのように、少し動けば崩れてしまう危うい均衡。 対峙している真っ赤なおっさんはこの上なく場にそぐわない人間なのだが、そこは気にしないでおこう。 「降伏する気は?」 「其方ガ スル事モ 許シハセンヨ」 「そう」 直後、強い風圧に目を覆った蓬の横で、冷たい漆黒が風を斬り、流れる。 「残念ね、血液以外で床を汚したくはなかったのだけれど」 蓬は直感的に危険を感じ、顔を覆った腕を解くと共に床を蹴り、後退した。一瞬見えた景色の中央には、眼前で円を描くように鎌を振るヒスイの姿。鎌の軌跡には暗黒の残滓が光り、その始点と終点が一つとなったとき―― 「弾けろ!」 強い闇と衝撃が五感を覆った。 漆黒の圧力に押され、裸足の足が滑らかな床を擦る。いくら蓬が魔物の子であるとは言え、咄嗟に構えた短杖の力がなければ耐えることも敵わなかっただろう。 発動までの予備動作に時間を要する技は、混戦になる前に使っておくのが好ましい。それが強力な技であるなら、戦闘開始直後に使えば相手の力量を測る目安にもなる。 だが、まさか反動のみにしてこれだけの威力があるとは。 この一撃で決したかと蓬が思った、その一刹那の後、闇に覆われた視界に光の粒が現れた。 「ピッカ―――リ!」 その奇妙な叫声に、周囲に湛えられた闇は吹き飛ばされ、代わりに視界に入ってきたのは、あの赤い帽子を取り払ったサンタの姿だった。 それを見たヒスイは、たじろぐように一歩退き、大鎌を構え直す。 「しまった、この技は光とハゲに弱いのよ!」 「そんな弱点でいいんですか!?」 蓬のツッコミと同時にサンタは軽く跳躍し、右手の大袋を振り下ろす。天井に接触するかしないかの高さから落とされたそれは、二人が後方へと跳んだ直後、先刻まで二人の立っていたフローリングの床を綺麗な星形に叩き壊した。 「……って、その袋には一体何が入ってるんですかッ!?」 「HAーHAーHAー、チョットシタ 夢ヤ 希望ヤ ゲンゴロウデゴザールヨ」 どうやら、まともな回答は望めそうにないらしい。蓬は短杖を握りしめ、サンタ(禿)を睨み付けた。 「奴の特性は“あついしぼう”だから、貴方の氷の技は通じないわ……気をつけてね、蓬ちゃん」 「ええ、まぁ真冬の上空を屋根もないソリで駆けるくらいですからね……」 ヒスイはゆっくりと手にした鎌を下段に降ろし、軽い踏み込みと共に逆袈裟に振り上げる。 サンタは白い袋で受け止めたが、ヒスイの背後から飛ばされた氷の矢を避けることは敵わず、脇腹に複数被弾。気を取られ、顔を顰めたサンタの右腕を漆黒の鎌が襲い、蠢く刃に喰われるかのように、サンタの腕は千切れ落ちた。 「凍っちゃえ!」 すかさず響いた蓬の声に応じて、サンタの太い腕の切断面は一瞬にして凍結し、廊下に落ちる血液も途絶えた。 サンタは跳躍して後退するが、ヒスイの速さはその比ではない。着地寸前で足下を刈られ、バランスを崩してそのまま倒れ込むサンタ。それに止めを刺そうと、ヒスイが死神の鎌を振り上げる。 「ワタシハ! カーネル・サンダース デハ! アリマセーン!」 刃が首に掛かる瞬間、大きく響いたサンタの言葉が空気を歪め、今まで見ていた景色が見る見るうちに変質してゆく。 「これは……心からの叫びに相手を引き込み、自らの内包する世界に落とすと言う奥義!!」 「心からの叫び!? いやまぁ確かに似てはいますけど、そんなに間違われるの嫌だったんですかッ!?」 剥落してゆく景色を避けるように、背中合わせに互いの武器を構える蓬とヒスイ。 削れた空間の向こう側からは、次第に赤と緑に覆われたクリスマスカラーの異界が侵食してきていた。丸く切り取られた赤煉瓦の床の中央の、綺麗な飾り付けの為されたツリーの根本には小さなぬいぐるみが置かれ、規則的なストライプで埋められた空には“WILLCOM”(たぶんWELCOMEと言いたい)の文字がゆらゆらと浮かんでいる。 「HAHAHAHAHA! コノ世界ニ入ッタカラニハ、ワタシハ無敵デース!」 サンタはツリーの頂上に立ち、高笑いを響かせている。 確かに、ヒスイの情報が正しければ、これは非常にまずい状況だ。 ここは亜種のアストラル界のようなものなのだろう。常にサンタの精神に影響され、その意向次第で如何なる現象でも起きてしまう。 いくらこちらが魔王と呼ばれる者のうち二人だとは言え、これでは流石に分が悪い。 「ど、どうしよう、ヒスイちゃん……」 蓬は気圧されたように足を引き、幾許かの怯えを含んだ瞳でヒスイを見上げた。だがヒスイは、鋭い眼光でサンタを見据えたまま、鎌を握り直しただけだった。 それは紛れもなくヒスイが強敵に挑む時の眼であり、いつも自分を隠し続けている彼女が、珍しく本性を剥き出しにして標的を殺しにかかる時の“魔王の眼”そのものだった。 彼女が手にした鎌のシルエットは大きく揺らぎ、燃え盛る火焔のようにその勢いを増してゆく。 嘗て時空都市を飲み込もうとした変異体。そして、アゲート世界を支配しようとした老神……歴史を変えるほど強大な敵と対峙した時のみ向けられてきた、気が触れるほど強大な力を宿した魔王の瞳。 それが今、再三解き放たれようとしているのだ。 ……サンタ相手に。 「来なさいッ!」 ヒスイは叫び、黒よりも黒い大鎌を振り下ろした。その刃に呼応するかのように烈風が吹き荒び、敷き詰められた赤煉瓦は粉々になって散る。 蓬は、その戦闘が熾烈を極めるであろうことを悟った。覚悟を決め、唇を一文字に結んで、魔力の残滓に煌めく短杖を握りしめる。 「イキマスヨー、オジョウサーン!」 サンタが両腕を開き、ツリーの頂上を蹴って宙に舞った。 ――それは、最終決戦の始まりを意味する。 「えい!」 さくり。 「ぐふっ」 終わった。 「……ってちょっと待ってくださ――いッ!」 蓬は14年間の人生の中でも未だ嘗て出したことのないような大声を使い、全力でツッコミを入れた。“魔王の眼”もすっかり鳴りを潜めてしまったヒスイは、びっくりしたように蓬を見返す。 「な、なに? 私、なんかいけなかった?」 「今のはどう考えても瞬殺しちゃいけない流れですよー! しかも弱攻撃って! せめて名前のある技でお願いしますッ!!」 蓬が必死に訴える横で、綺麗に一刀両断されたサンタ(グロ画像扱い)は、その死体さえ何事もなかったかのように消え去ろうとしている。まるでザコキャラ扱いである。 ヒスイはと言うと、蓬の頭を撫でながら困り顔で話を聞いているだけだ。 「マリオRPGでもボスキャラはゆっくり死ぬじゃないですか、コインもキラッキラ飛ぶし! 他のザコみたいにボンッと弾けちゃ嫌ですよ!」 蓬の話も、だんだんとよくわからない方向に傾倒しつつある。しかし流石のヒスイも今の彼女を止められはしないらしく、ここは諦観を決め込んでいるようだ。 それから暫く蓬の話は続き、剥落した世界が元に戻り始めた頃―― 「――そんなわけで、要するに今週中に地球は滅亡するんです!!」 「な、なんだってー!?」 ようやく話は終局を迎え、暫くの間、びしっと人差し指を突き付けた蓬が、肩で息をする音だけが周囲に響いていた。 どこからともなく、獅子脅しの音が響く。 「……で、なんでこんな話してたんでしたっけ?」 蓬は口許に人差し指を宛い、かくんと首を傾げた。ヒスイは苦笑気味に今一度蓬の頭を撫で、大鎌を元の黒いペンダントに戻す。 暗い廊下には、もはやサンタの姿は見えない。 後に残ったのは、大きな白い布袋と、廊下に空いた星形の穴だけだった。 ―――― この地方のサンタは、変わっている。 まず、実在すると言う所から変わっている。 サンタは12月24日の夜になると街を縦横無尽に駆け巡り、出歩いている者に襲いかかるらしい。 (このへんは未だに彼女が出来たためしのないサンタの個人的な怨恨から始まったという噂もあるとかないとか) だが、そのサンタを退治する事が出来たならば、大量のプレゼントが入った袋が戦利品としてゲット出来るのである。 欲しいものは貰っておいて、いらないものはオークション等で売り飛ばせば、それだけで大量の収入が得られるのだ。 ちなみに、サンタの家の近くには大きな階段とカメが多数いるので、いくら死んでも無限1UPで大丈V、と言うことだ。 (残念ながら、蓬には言っている意味がよく理解できなかったのだけれど) 蓬達が手に入れたプレゼント袋の中身を売り払えば廊下を修理することもできるし、 中に入っていたwiiやPS3があれば、かなりの間は暇潰しに困らないだろう。 蓬が早めにサンタを引きつけ、ヒスイが対処したおかげで、サンタによる犠牲者は6年続きで一桁台に抑えられたと言う。 彼にやられると、次に気付いたときにはサンタ服になっていると言う世にも恐ろしい目に遭わせられるらしい。 そのサンタ服には呪いがかけられているため、外そうとしても外せないのである。 だから、この街の教会には、サンタコスをした人々が呪いを解いてもらおうと老若男女問わず集まってくるのだ。 ヒスイが言っていた「殺される」と言う台詞は、やはり蓬を怖がらせるための冗談だった。 蓬としては、一度くらいサンタにされるのも悪くはないかもしれないと思うのだが。 ともかくして、この日の騒動は幕を閉じた。 25日になった今でも理解しきれない部分があるのだが、きっと時間が経つ内にどうでもよくなっていくのだろう。 明日はクリスマスが終わって半額になったケーキでも買いに行こうか。 ―――― ただ一つ、今回の事件でマイナスになることがあるとしたら。 「……あの、ヒスイちゃん」 「なに?」 「えっと、その……こ、これから、私と一緒に寝てください」 「……え、告白?」 「ち、違いますっ! 一人で寝るの怖いんですよ悪かったですねーっ!」 ……蓬の怖がりが、また強くなってしまったことだろうか。 おわる。 |