第四十話 血路を開け
「迸れ
その瞬間、かすかに大気を震わせた
「
宙空に
それは大気中の微粒子に衝突し、拡散する光と熱。しかし、その光線に込められたエネルギー密度は、この程度の距離で減衰し切るほど
この局面に
故に、高熱。
収束させて指向性を持たせるために発動まで少々時間がかかるのがネックだが、“弱い力”の代替操作などでエネルギーを増幅するのが容易で、エネルギー密度さえ上げればそれだけ減衰率も低くなり、何より“光線”である以上、狙いからブレず、直線的に飛ぶ。それも光速で。
あまり長くは照射できないが、それでもアルミ板くらい溶断する威力はあるはずだ。今は、それで充分だった。
「AAAARGH!」
「Hva!?」
神経が痛みを認識して反射運動を起こすまでの、一秒。
ほんの一秒程度、照射された熱線に頬を抜かれ、兵士のうち一人が顎を押さえて
「きゃうッ」
その兵士に腕を
周りの兵士の反応は、予測していたより良くはない。外部から攻撃を受けたことを即座に理解し、外部を警戒したのは四人中たった一人。残りの二人は、反射的なものだろうが、負傷した彼に視線を
いずれにせよ、この瞬間に取るべき行動は変わらない。だから、この光景を視認した時、彼は――
隠れていた建物の陰から姿勢を低くして飛び出し、“風”を
だが――互いの間に開いた距離は、既に五メートルも無い。彼らが華鈴にかまけている間に、路地裏を移動し、接近可能な限界まで近付いていたのだ。
突然の魔法攻撃に続いて、至近距離に現れる、何の装備もしていない亜人の子供。
その事実に、ほんの“一瞬”、彼らの反応が鈍る。
銃口が跳ね上げられ、
まだその結果は出ていないが、一つ確かな事は、おかげで、兇闇は銃弾を防ぐほどの強固な
「
短い詠唱と共に、一人、アサルトライフルを構えるのが早かった者の方へ、一気に距離を詰める。こういった移動技術を、近年では“縮地法”などと呼ぶ向きもあるらしいが――さておき、向けられていた銃の照準器が兇闇の身体を
乾いた銃声が連続して響き、銃弾の一つが脇腹を掠める。しかし、その銃撃の途中で、銃身を支える左腕を兇闇が掴んだため、
兇闇はそのまま、彼の腕を後方に回して捻り上げる。他の三人に対して、盾にするような形だ。
一息
この程度では、数的不利は覆らない。無傷の二人に左右から攻められれば、武器の一つも持たない兇闇ではどうにもなるまい。残りの一人も重症だが、死んではいない。その上、向こうには華鈴がいるのだ。同様に人質に取られて、現状が更に悪化するのは是非とも
だから、今掴んでいるこれは、“盾”ではなく、“武器”。
一瞬の間も与えはしない。全員が銃を構え、こちらを見ている、この瞬間を逃す気は無い。
「
伸ばした指先から、
それは、指向性を持たせず、圧縮もせず、ただ強い光を発生させるだけの、最も初歩的な
この兵士たちの保護ゴーグルが特に対閃光仕様でない事は、先程、華鈴に対してスタングレネードを使用した時の動き方を見て気付いていた。だから、こんなにも至近距離で浴びる光は、きっと強烈だろう。
そして、盾として用済みになった兵士の右腰に
右手に残されたハンドガンは、見知らぬ種類だが、セーフティーにもデコッキング・レバーにも指が掛からないと言う事は、恐らくダブル・アクション・オンリーの銃だ。
だが、その使い勝手を確かめている時間は無い。兇闇が地面を蹴って転がれば、
――通常、戦場に於いてハンドガンが装備される例こそあれど、使用される事はと言うと、ほぼ皆無と言っていい。
拠点突入時や
威力は低く、射程も短い。特に今握っているようなダブル・アクション・オンリーの銃は反動も大きく、狙いがぶれやすい。
特殊部隊などによる
さて、では問題だ。
今、視力をある程度奪った敵兵が、後
答えは無論、否である。
武器を手にしたとて、その武器があらゆる局面に於いて格闘よりも頼れるとは限らないのだ。
兇闇は地面を数回転した後、姿勢を低く
そして案の定、その予測は現実となる。新兵か何かだろうか、彼が四人の中で最も戦闘経験が足りていないようだ。
宙に浮いた身体は、左手の引きによって即座に地面へ叩きつけられる。ちょうど、互いの右腕が交差するような体勢である。
兇闇は
乾いた破裂音と共に、鮮血の
どうやら、ちゃんと弾だけは装填されていたようだ。市街戦では、拳銃の使用機会は比較的多い方だからだろう。
そして、死体の首元を掴んで持ち上げようとした所で――気付く。視界の端の、照準器の
しまった――と、兇闇は内心で歯噛みする。そこに立っていたのは、最初にフレイムアローで頬を焼いた兵士だった。最初に負傷させたが故に、ひどく目を
そう悟るが早いか、兇闇は兵士の死体を抱えたまま真横へと跳躍した。その姿を、自動小銃のフルオート射撃が追いかける。
前に突き出した死体のボディアーマーが、幾つかの銃弾を受け、穿たれた。しかしその頃には既に、兇闇は右手の拳銃を相手に向けて
真っ直ぐに飛んだ拳銃を、咄嗟に打ち払ってでもくれれば
「ぐッ……!」
左肩と上腕に衝撃、そして激痛が走る。
盾にした兵士のボディアーマーを貫通した銃弾が二発、回転しながら肉を
しかし、銃弾はそれ以上、兇闇に向けて降り注ぐことはなかった。
数瞬の攻防の後、
痛みを
だが、兇闇の人差し指に力が込められる前に、もう一つの銃爪は無慈悲にかちりと音を立てた。
銃声。
――そして、僅かばかりの、静寂。
ごぶ、と口から深紅の帯を垂らして、男はそのまま倒れ伏す。
その背後には、先程兇闇が投擲したハンドガンを両手でしっかりと持ち、その反動でひっくり返ったらしい華鈴の姿があった。
「あ……あ、あ……当たっ……」
華鈴は
無我夢中だったのだろう。正直、兇闇も信じられない。あの重いトリガープルの拳銃をたった十二歳の彼女が撃ち――そのトリガープルの重さのため、狙いが上に逸れたが故の偶然だとしても――弾を見事、後頭部に命中させたという事実は勿論のことだが……それよりも何よりも、電子世界の中とは言え、彼女がこんな――殺人なんて過激な行動に出るとは思わなかった。
転がる四つの肉体が、本当に死んでいるかどうか確認し……その時に、彼らがまだ比較的若い事に、初めて気付いた。いわゆる少年兵と言う奴だろうか。
兇闇はその安らかとは言えない死に顔から目を背け、ぎこちない笑顔を作って華鈴に向き直る。
「よくやった、華鈴。おかげで受ける弾が二、三発少なく済んだかも知れん」
「ひっ……」
手を差し伸べると、華鈴はひどく
他ならぬ彼女を助けるためだったとは言え、流石に刺激が強すぎただろうか。確かに、今の兇闇は、彼女の目には“恐怖の虐殺者”として映っていても不思議はない。これは少々
「あっ……う、うぁっ、うわぁああんっ! こ、怖かっ……私っ、あぅ、兇闇さんっ、う、撃たれっ……手、それ、血がっ……」
兇闇はそんな彼女の髪を撫でようとして、両手が血
仕方なく、右腕のあまり汚れてなさそうな部分を彼女の背中に回して、軽く抱きしめる。――ごめん、
「華鈴、安心しろ。俺は問題無い。弾は抜けているし、こうなると
「で、でもっ……それ、血、出て、穴が……」
「大丈夫だ、どうせデータだからな。だから落ち着け。それより、今はここを離れる方が先決だ。恐らく戦闘が始まる前に、本部に連絡が行っている」
少々無慈悲なようだが、急いでいる様子を
無論、痛くないと言うのは嘘だ。いくら実戦経験が豊富であっても、銃で撃たれる激痛や、“身体に穴が開いている”という事実に対する吐き気がするほどの不快感には、到底慣れる事ができるものではない。
だからこそ、こんな状態で増援ともう一戦やらかそうなんて、
状況を理解したのか、華鈴はおどおどと周囲の様子を伺い、震えながらも兇闇から離れた。
「で、でも……でも、離れるって、どこに……ていうか、まずここどこなんですか……? 他の、みなさんは……」
「ここに来る前に目星はつけてある。話は後だ、急ぐぞ」
「は、はいっ」
無論、これも嘘である。適当に逃げる途中で場所を探すつもりだ。楽観はできないが、途中で他の皆とも出会えるかも知れない。
背後から刺さる、華鈴の「わぁさすが兇闇さん頼りになるなあ」みたいなキラキラした視線がちょっと罪悪感を刺激するが、こんな所で悠長に質疑応答している時間は無いのだ。
「……っと、その前に」
兇闇は小さく呟いて、先刻華鈴が取り落としたハンドガンを拾い上げ、周囲に視線を巡らせた。その先に
それに向かって歩く度に、左腕に幾千本もの針を差し込まれたかのような痛みが走り、思わず奥歯に力が込もる。だが、そんな事に
ついでに、歩きながらポケットから止血用のハンカチを取り出し、上着を脱ぐ。これは止血帯の上に被せるためだ。しっかり止血する暇は無さそうだが、かと言って、逃亡時に付着した血痕を追われるような失態を犯しては元も子もない。
そうして、逃げると言っておきながら、死体の側でしゃがみ込んだ兇闇を、華鈴は疑問の眼差しで見つめながら、小さく首を傾げる。
「な、何……するんです?」
「銃を奪う」
最低限の言葉で明瞭に答えると、華鈴は納得した様子で頷き、ひょこひょこと歩いて兇闇の後に続いた。あまり死体がよく見えない距離まで、だが。
彼女がちゃんと靴に血を付着させないよう注意して歩いていることがわかると、兇闇はその姿から視線を外す。
しかし、このアサルトライフルも、兇闇が見たことのない種類だ。主要国家の軍隊に制式採用されているものは一通り覚えているのだが、やはりここは仮想現実と言うだけあって、現実世界とは異なる兵器が制作されているのかも知れない。――“HK”の刻印は、なんだかとっても見覚えがあるが。
あまり大量に持って行っても使い道が無いので、とりあえずアサルトライフルを二丁、
それと同時に、服の上からハンカチを上腕に巻いて止血し、上着を巻きつける。後は、少しは安全な場所に移動してからだ。
「あの……なんか、その銃、発信機とか、ついてないんでしょうか?」
「む……現実ではあまり見られんが、有り得なくは無いな」
華鈴の言葉を受けて、兇闇は集めた銃を一旦地面に置き、手を
だが、それだけだった。翳した手からは光も、音も、風すらも出ず、銃自体にも何も起こらない。華鈴は更に深く首を傾げながら、兇闇に問いかける。
「え、っと……何を、してるんです、これ?」
「電磁場だ。局所的に強力な磁場を発生させて機械類を狂わせた。発信機は電磁気を発生させるものだから、対電磁気防御コーティングなどはしていないだろう。俺は空気を絶縁破壊するほどの電撃は扱えないが、これくらいならな」
素っ気なく答えながら、彼はアサルトライフル二丁を肩に掛け、拳銃の入ったホルスターを一つ手に取って、立ち上がる。挙動の一つ一つに、かすかに顔を顰めながら。
「華鈴、残りは持ってくれるか」
「えっ、あ、わっ、わかりましたっ」
「そのハンドガン、安全装置が無いからトリガー引いたら弾出るぞ。気をつけてな」
「うひゃあッ危ないことこの上ない!?」
今いる場所が仮想現実空間であることを思い出してきたが故か、それとも単に打撲の痛みが抜けてきたからだろうか、華鈴に表情の豊かさが戻ってきていた。
もし、これが現実世界であったなら、例えそれが戦場であっても、彼女は、人間一人を射殺しておいて、こうもすぐに立ち直れはしないだろう。
だから兇闇は、一つ、抱いている懸念を、疑念を口に出さずにいた。
――ズボンのポケットに入っている、くしゃくしゃに丸められた一枚の紙。
それは、何の変哲もないレシートだった。ベーコンや卵のパック、各種野菜など、昨日の朝食の材料が記された、近所のスーパーマーケットのレシートである。
元の世界で疑念に駆られ、何も持っていないフリをして入れておいた、ポケットの中の紙片。
この世界に構築された“各々を模倣しただけの素体”が、所持しているはずのない――そこにいた誰も、内容を知っている理由など無いはずの、紙片。
だが、その理由をあれこれ詮索するのは後だ。この
「行くぞ――」
言い聞かせたのは、彼女にか、それとも己に向けてだろうか。
答えの
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