TOP文章サダメノハテ>第十九話

第十九話 Paint It Black



 まばらな間隔を(たも)って、寂しげに屹立(きつりつ)する樹木の影。その後背には、古びた大理石の城壁が高く(そび)えている。どちらがより多くの時代を(けみ)してきたのだろうか、まだ生まれて十数年しか経っていない(ひじり)には知る由もない。
 そんな苔生(こけむ)した老夫婦に囲まれてひっそりと佇む、(いびつ)で簡素な造りをした木製のベンチ。打ち捨てられた出来損ないの子供が、彼等に拾われて静かに暮らしているかのようだった。
 幾層にも重なる孤独をつぎはぎして作られた、静かで暖かな体温を感じる。
 だから聖は、この場所が好きだった。

 ヴァルハラ高校、校舎裏――数ヶ月前、ドイツにいた時に度々見かけては感動していたような古城が、世界のこちら側ではこんな所にもあるとは。しかも現代では高校に改造されていて、あのルシフェルが校長だとかいう本格的に意味不明な事態である。二十数歳で校長になれるのか、こっち側。常識の感覚も聖が本来いた側≠ニは大きく違うらしく、馴染むにはそこから勉強しなければならないらしい。
 いくら子供は勉強するのが仕事だと言ったって、勉強が好きな学生なんているだろうか。いやいまい(反語)。人が勉強の大切さを知るのは、往々にして大人になってからなのだ。そんな自然の摂理に逆らうような真似は、聖にはできない。誰が何と言おうと。

 怠け者の雲が動いて、初夏の木漏れ日が聖の手に落ちた。太陽の暖かさは、いつだってどこだって同じだ。でも、そんな分け隔てのない愛が聖はちょっと苦手で、そっと手を隠した。
 聖を優しく覆い隠してくれるこの冷たい影の方が、ずっと優しさに満ちあふれている。そんな気がした。

 (てのひら)を太陽に――なんて、そんなことをしてみても、どうせ見えるのは真っ赤な血潮などではなく、こびり付いて離れない血痕だけだろう。

 年端も行かぬ少女とは言え、最高位の鐫界器(せんかいき)であるアビスゲートを自在に操る聖の戦績は、非常に目覚ましいものであったと言えよう。
 亜存在掃討組織、薔薇十字団、第一級処刑者(エグゼキューショナー)、名は血塗れの白薔薇=\―そんな仰々(ぎょうぎょう)しく重苦しい肩書きには、とうに慣れたと思っていた。
 だが聖は、ほんの少し自我を残していただけの亜存在を殺すこともできなかった。
 モスクワで会った、亜存在になりかけの少年――彼は、自分の置かれた状況を理解すると、愛する恋人を守るためだと言って、笑いながら聖の剣を逆手に持ち、(おの)が心臓を貫いた。剣を構えたまま動くこともできず、震える聖の手を伝った生(ぬる)い血の感触は、未だ消えない。
 後々、彼の言っていた恋人にも会った。だが、彼の話題を出した途端、屈託のない笑顔で彼との約束を自慢気に話す彼女に、聖は結局何一つ伝えられなかった。
 彼女は探しただろうか、約束の日になっても現れない彼を。何気ない別れを交わした一夜のうちに黒い露となって消えてしまった彼を、どれほど探したのだろうか。まだ信じて帰りを待っているだろうか、もう諦めてしまっただろうか、それとも既に後を追って、海の藻屑と化してしまっただろうか。思う度、聖の心はきつく締め付けられる。

 ――自分のやってきたことを本当に認識できたのは、まさにその瞬間だったのだろう。
 その人がいるべき場所に、ぽっかりと空虚な穴を空ける行為。人殺し、とは、こういうことだ。

「空虚……ですね」

 誰へともなく呟き、木製のベンチに身を沈める。ぎゅっと己の肩を抱いて、静かに息を吐いた。

「風邪をひくぞ」

 不意に響いた頭上からの声に驚いて顔を上げると、ばさり、と薄手の毛布が聖の角に引っかかった。
 この学校の生徒であり、薔薇十字団に於いては聖の先輩に当たる亜人の青年――兇闇(まがつやみ)が、聖の眼前に立っていた。確か昨日から青森に出現が予測された亜存在を倒すために出張していたはずだが、もう片付けて帰ってきたらしい。地味な色をした包みを小脇に抱えて、憮然とした顔で聖を見返している。

「せんぱい……なんですか、それ」

 それ、とは言わずもがな、彼の抱えた包みのことである。彼は聖の視線を目で追って、包みをひょいと取り上げた。

「お土産だ、これから行く酒場にな」
「中身は……」
「青森県五所川原(ごしょがわら)市は十三湖(じゅうさんこ)名物、大和(やまと)しじみだ」
「うわあ」

 いろんなツッコミを内包した聖の「うわあ」に、兇闇は表情を変えもせずに返す。

「十三湖はな、日本海と岩木川の水が混合された汽水(きすい)湖で、しじみが育つのにとても良い環境をしているのだ」
「いやいやいや、そういうことじゃなく……」
「名産である大和しじみは厚い身と深い旨みが特徴で、アミノ酸が非常に豊富な……」
「あの、続けなくていいですってば……」

 人を殺した帰りに大量のしじみを学校に持ってくる人、初めて見た。
 まあ、ヒスイが見事に調理して夕飯はしじみパーティだウワァイ、という流れは目に見えているのだが、何にせよお土産にしじみってなかなかカオスだと思う。

「しじみだってトゥルルって頑張っているんだがな……」
「えーと、流行ネタは数年後にはわけわかんなくなるので止めた方がいいと思います……」

 とりあえずダメ出しをしつつも彼の姿を見送り、また静寂が訪れた。いつものようなやり取りで少しは気が晴れたが、相も変わらず心の雲は動かない。
 もう(しばら)く休んだら、彼の後を追って酒場に行こう。少しは笑う元気も出てきたらしい。いつの間にやら悪い子を探す木漏れ日(サーチライト)は消え、古びた樹木の影が聖を優しく包み込んでいた。

 静寂の安堵の中、鋭く走る――わずか、一刹那(せつな)の、気配。

「久しいな、魔術師の娘よ」

 その言葉が発された時には、聖は既にベンチから転がるようにして地を踏み、気配のした方向へとアビスゲートをまっすぐに構えていた。
 不安定なはずのベンチの背(もた)れにぴんと背筋を伸ばして立ち、ひどく鬱屈(うっくつ)した笑みを浮かべた黒衣の老人がそこにいた。忘れもしない、弱い人間だった聖を戦闘の場へと導き、この世界に立たせる所以(ゆえん)を作ったあの老人だ。

「貴方は――ッ」
「クク……素敵だ、実に素敵な眼だ、それは。戸惑いと安堵、憎悪と感謝、入り交じった感情を湛えた瞳……」

 黒衣を揺らしていた微風は(やが)て死に絶え、絵画のような静寂の中、聖の呼吸音だけが(こだま)する。病的に伸びた白髪が揺らげば、その奥に(たか)のような目がちらついた。
 世界が歪む。指の一本も動かせない。あれから幾重にも積み上げた戦いの記憶が、あの頃の聖では感じ得なかった威圧感≠、彼の姿に見出しているのだ。

「ふむ、良い反応だ。あと数歩と言ったところか……随分と遠回りだが、及第点だ」

 その台詞から、一瞬の間があっただろうか。突然、男の姿は(まと)う漆黒ごと弾き飛ばされ、それと同時に、何かが破裂したかのような爆音が立て続けに響いた。
 銃声である。
 それを理解するまでの一瞬のうちに、聖が見上げていた虚空をモノクロの影が過ぎ去った。

 少女然とした純白の小さな体躯(たいく)を覆うのは、黒鳳蝶(くろあげは)と見紛うかのような、鮮やかに光の尾を引く漆黒。光を拒絶するかのような闇を湛えた虚ろな瞳。凛と結ばれた口許(くちもと)は冷たくも美しく、その手に持った銀色は、雲に隠れた太陽の光を鈍く反射した。
 見覚えのある少女の姿――黒神(くろがみ) (かくり)
 彼女は地に倒れた老人に向かって疾駆(しっく)し、さらに数発の弾丸を撃ち込んだ。倒れた影から深紅の飛沫(しぶき)が飛び、薄暗い曇り空に僅かばかりの彩りを与える。
 そうして訪れたのは、暫しの静寂。
 聖は、言葉を発することすらできずに、その情景を見ていた。

「何かと思えば――ただの<fザートイーグルかね、そんな玩具で私を(たお)せるとでも思うたか?」

 そして、やっとの思いで発しかけた言葉も、すぐに呑み込む羽目になる。何故なら、銃弾を幾度もその身に受け、血を流して倒れていたはずの男が、いとも簡単に起きあがって見せたからだ。
 今、幽の使用している銃は、デザートイーグルの.50Action-Express版だと(うつせ)に聞いた。0.54インチの弾頭を扱える世界最強クラスの自動拳銃であり、ろくに射撃姿勢も知らずに扱ったなら反動で肩の骨が外れるほどのものだ。
 今の幽のように、腕全体に伝わる衝撃を正確にいなさなければ撃つことすら難しい銃弾。相対する彼はそれを幾度となく喰らい、しかし息一つ切らさずに立ち上がったのだ。息を呑むと同時に、凍り付くほどの怖気(おぞけ)を感じた。

「実に……実に久しいな、幽……何年ぶりかね、こうして顔を合わせるのは」
「黙れ」

 幽は短く言い放ち、背後に回した銃口で自分のスカートの後部を跳ね上げた。そうして見えたのは、可愛らしい下着などではない。もう一つの小さな拳銃が、ゴシック・ロリータ調のスカートの中に隠されていたのだ。
 神速、彼女は右手の銃を放り投げるようにして持ち替え、隠されていた銃を手に取った。
 標的を仰ぎ見て、十字を組むように二つの銃を構える。右手の小さな銃は真っ直ぐに老人へと向け、左手の巨大な銃はそれを支えるように。そして、可憐だがよく通る凛とした声で、幽は冷淡に告げる。

(わめ)くな、死に損ない(ノスフェラトゥ)

 その小さな銃口から光の柱が放射され、分厚い曇天(どんてん)を貫いて消えた。
 ぽっかりと貫かれた雲が、地面にぽつんと陽光を落とす。驚愕に目を見開いた聖は、ただ余韻(よいん)の中に佇むばかりだった。
 聖の使う真空相転移エネルギー砲ほどではないが、それに近いほどの威力を、こんな小さな銃が発揮したというのか。それに、あの大口径の銃を軽々と扱い、走りながら連射してみせた腕。幽の戦う姿を見るのは初めてだが、こんな少女が暗躍していれば、多くの人々に恐れられるのも納得できる。

「……位相変換エネルギー銃。航宙艦の技術を転用した試作品」

 幽は、呆けたように見ている聖に向かって短い言葉を投げた。恐らくそれが、先刻使った銃の正体なのだろう。薔薇十字団の兵器開発チームでは魔導兵器とかいう特殊な銃を制作していると聞いたが、これもその類型か、または副産物の類だろうか。

「早い話がスタートレックのフェイザーとかスターオーシャンのフェイズガンと同じようなもの」
「それは言っちゃダメだと思います……」

 さも当然が如く言ってのける幽に、聖は呆れ顔で答える。
 そう言えば、いつも現と一緒に飛び回っているはずの彼女が何故こんな所にいるのだろうか。それを訪ねようとした所で、ざわざわと脈打つ声が遠くから聞こえてきた。ここまで派手な銃撃戦を校舎裏でやれば、騒ぎになるのは当然だろう。
 あまり人が好きではない聖としては、できれば一刻も早くここから離れたいところだったが、どうやらそうもいかないらしい。

 ――あれだけの攻撃を喰らっていながら、黒衣の老人はその身に如何(いか)なる変化も見せず、聖が振り向いた先に憮然として立っていたのだ。色のない幽の表情にも、僅かながら喫驚(きっきょう)が滲む。

「くっくく、威力の問題では無いのだ、幽……我が生とはそのようなもの≠ナは無い」

 ひどく純粋で邪気のない、しかし鬱屈した暗い笑み。その漆黒がまるで凝縮した闇そのものであるかのような錯覚に、背筋が冷たく穿(うが)たれる。
 幽は無言のまま再び老人に銃を向け、それを見た聖もアビスゲートを構え直すが、今更これらの攻撃が通じるとは思えなかった。まだ陽が(かたむ)いてもいないのに、見える世界が何とも暗い。まるでこの空間一帯が見えない漆黒に塗りつぶされてしまったかのように、暗いのだ。

「魔に()りて生きる者は魔に拠りて殪される」

 笑みの形に歪んだ口許が、見えない暗闇に揺らめきを作る。蛇に睨まれた蛙が如く、深い闇を内包した空気の振動に圧倒されて動けない。眼前に立つただの一人の年老いた男が、まるで地獄の悪魔ででもあるかのような、錯覚に近い恐怖。
 加速する鼓動に耳鳴りは止まず、恐怖の(もたら)すそれとは違う震えが、剣を握った腕に走る。だが、新たに現れた一人の気配が、闇の拡散を(とど)めた。

「やはり」

 聞き覚えのある穏やかな男の声に続いて、ざくりと乾いた土を踏む音。闇を払うが如く吹き下ろした一陣の風に、白い髪と黒い外套が脈打ち(なび)く。目深に被った帽子の下に、透き通った紅玉(ルビー)のような瞳が妖しく揺れた。

「やはり貴様が絡んでいたか――哀れな死に損ない(ノスフェラトゥ)よ」

 もはや聖には、眼前で展開される状況が理解できなかった。幽がここに立っていると言うだけで喫驚を覚えると言うのに、それに続いて現までもが眼前に姿を現したともなれば、何かしらの作為すら疑いたくなる。
 だが老人は一切の動揺を見せずに、薄い笑みを表情に湛えたまま、ゆるやかに振り返る。彼が現れるのを予測するどころか待ち侘びていたかのように、感傷を帯びた風を(はら)んで、長い白髪を靡かせながら。

「そうだ、私だ――私は此処(ここ)に生き損なっている」

 対峙。周りの空気が一切合切(いっさいがっさい)凍り付いてしまったかのような、息の詰まる静謐(せいひつ)。寒気すら感じる、凝縮された時の静寂。そんな中で、たった二人の黒衣の男だけが、道化のように口角(こうかく)を上げて佇んでいた。

「現よ、私にはどうも貴様の考えが読めぬ。何故其処(そこ)に居る? 何故此処に居らぬ? 貴様は何を所以として何を齎す為に動いているのだ、現?」
「私が此処に居て貴様が其処に居る限り、貴様は敵だ。さて、敵に手の内を明かした所で、貴様は真偽を疑わないのか?」

 双方、何をしようと言うでもなく、ただただ言葉を紡ぐ。まるで言い合いを楽しむ子供のように、傲岸不遜(ごうがんふそん)な笑みを浮かべて。
 そのうち、聖は気付いた。幽がそっと姿勢を低くして、再びあの小さな銃を真っ直ぐに構えていることに。

(もっと)もだ、だがその選択こそが私には理解できぬ」
「できぬ理解を渇望するその姿勢こそ理解できんね」

 そして現は、そう言い放つと右腕を大きく広げて合図≠送った。

「幽、撃て」

 言うが早いか、現に当たらぬよう姿勢を屈めた幽の右手から光の矢が放たれ、老人の頭部を貫いて曇天へと消えた。それと同時に、現も疾駆して距離を詰める。
 頭部を原子レベルで崩壊させられたはずの老人は、それでも倒れることなく地にしっかりと足をつき、首の欠けた歪なシルエットのままで嗤笑(ししょう)の声を上げた。発声器官が失われているにも関わらず、その声は鳴渡(なりわた)る鐘の音のように城壁に谺する。

「全て私の掌の上……貴様にとってもそうなのだろう? だのに、何故そこに居られると言うのだ? 何を企んでいると言うのだ?」
「テトラグラマトンの名に()いて我は命ずる、我が行方を掩蔽(えんぺい)せんと立つ者を掃滅(そうめつ)せよ」

 聞く耳持たず、と言った具合に、揺らぐ黒衣の中央を現の腕が刺し貫いた。
 (いな)――刺し貫いたのは恐らく言葉の方だ。テトラグラマトン、魔術に於いては比較的多く用いられる神聖なる名である。その名を借りて、命令の強制執行≠行ったのだ。漆黒の影は消え、もはや再び現れることは無かった。
 魔に拠りて生きる者は魔に拠りて殪される……とは、こういうことだったのだろうか。聖たちは不死身の化物と対峙していたのではなく、単に暗示と踊っていただけなのかも知れない。

「おいおいおい、何が起きてんだ!?」

 全てが終わった地に、どんな事件に巻き込まれることも(いと)わぬ(たぐい)の生徒達が駆けつけてくる。一番手はクリスタル・ブルーの髪を揺らして走る、(まだら)な黒色の大剣を背負ったライトの姿。この近くに酒場があるのだから、そこに集う者が最初に来るのは当然か。というか、そこに集う者くらいしか銃声のした方向に武装して突っ走ってくるような奴はいない。

「ふふ、悪いが今終わったところだよ、活躍させてあげられずにすまなかったね」

 駆け寄るライトに、柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべて応じる現。その姿に、先刻までの表情は面影すらも見当たらなかった。幽も何事もなかったかのように銃をどこかに――恐らく元々あった所にしまい、いつもの無表情で現の後ろに付き従っている。

「なんだ、せっかく今手に入ったG級しじみ素材で作った修造剣【トゥルル】≠フ斬れ味が見られるかと思ったのに」

 ライトは背負っていたモンハンみたいなネーミングの剣を手にして言った。その斑な黒色の理由はしじみの色か、と微妙な納得をしながら、聖は脱力しながらもツッコミを入れる。

「しじみの使い道が予想の遙か斜め上すぎて戦慄したんですけど、何ですかG級しじみって……」
「ドスシジミ」
「いや確かにありそうですけどそんなん」

 と、そんないつものようなやり取りをしていたところで、聖は何故現たちがここに居るのか、あの黒衣の老人は誰なのか、納得のいく説明がされていないことに気付いた。

「マスター、あの黒服の男は……」
「敵だ、今はそれだけ理解しておけば良い」

 だが、返ってきたのはそれだけだった。確かに敵か味方かは測りかねていたが、それ以外の情報はまるで入らない。聖が知りたかったのはそんな事ではないのだが、現の判断が間違っているとも言い難い。彼がそうしておけばいいと言うのなら、きっとそれが最良の道なのだろう。そう思って納得することにした。

「最初から解っていたんですか、あの黒服がここに来ると……?」
「いや、来たら居たからなんとなく撃退した」
「なんとなくって」

 どうにも激しく脱力した聖は、これ以上追求する気を無くして深く溜息をついた。どちらにせよ、酒場にいたと思われる他のメンバーが集まってきてしまったため、これ以上突っ込んだことは話せそうもない。兇闇やヒスイは()(かく)としても、ライトやルナ、リミル達は亜存在とは全く無関係なただの高校生なのだ。

「さて、じゃあ邪魔者も消えたことだし本題だ。皆も集まってくれないか」

 現は軽く手を叩いて皆の視線を集めると、楽しそうな笑みを一つ浮かべた。恐らくはその時点で嫌な予感を感じていた者が殆どだったことだろう。いや、彼の姿を見つけた時点で誰もがそれを感じていたかも知れない。彼が平和の最中に現れる時、それは厄介な事件を持ってきてくれる時だけだ。
 その期待を自覚してか笑みを浮かべたままの彼は、またいつものように一介の高校生には到底解決できるものでは無さそうな事件の到来を告げる。

「近くで起きた殺人事件の犯人がこの学校に逃げ込んだらしい、とりあえずパパッと皆で捕まえちゃってくれないかね」

 重ーい。



BackNext




inserted by FC2 system